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東京地方裁判所 平成4年(ワ)14290号 判決 1993年12月16日

原告

多田美加

ほか六名

被告

多田栄治

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告多田秀正に対し二〇〇万六八七六円、原告向後いき、同多田孝一、同花澤とも及び同高橋はるに対し各一三一万〇四五二円、原告多田美加、同多田正勝に対し各六五万五二二五円及びうち原告多田秀正につき一三八万一六六七円、原告向後いき、同多田孝一、同花澤とも及び同高橋はるにつき各八三万一六六七円、原告多田美加、同多田正勝につき各四一万五八三三円に対する平成五年八月二〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告多田秀正に対し四九二万七三〇〇円、原告向後いき、同多田幸一、同花澤とも、同高橋はるに対し各四二二万七三〇〇円、原告多田美加、同多田正勝に対し各二一一万三〇〇〇円及び右各金員に対する平成五年八月二〇日から完済まで年五分の割合による金員並びに及び原告多田秀正につき八〇二万九〇〇〇円、原告向後いき、同多田幸一、同花澤とも、同高橋はるにつき各六八二万九〇〇〇円、原告多田美加、同多田正勝につき各三四一万四五〇〇円に対する平成二年一一月五日から平成五年八月一九日まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告多田栄治(以下「被告栄治」という。)の運転する普通貨物自動車(千葉四四あ五六二二号、以下「加害車」という。)が自転車を押していた多田喜三郎(以下「喜三郎」という。)に衝突した事故(以下「本件事故」という。)に関し、原告らが、自倍法三条にもとづいて被告有限会社石橋梱包運輸(以下「被告会社」という。)、不法行為にもとづいて被告栄治及びその使用者である被告会社を相手に各損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

原告らは喜三郎(大正四年三月八日生)の相続人であり、原告向後いき、同多田孝一、同多田秀正(以下「原告秀正」という。)、同花澤とも及び同高橋はるは、喜三郎の子である。原告多田美加及び同多田正勝は、喜三郎の次男である亡多田勝雄の子であり、喜三郎の代襲相続人である。(甲一ないし六、乙一ないし八)

被告会社は加害車の保有者であつて、被告栄治の雇主であり、被告栄治は被告会社の業務のために加害車を運転していた者である。

2  本件事故の発生

被告栄治は、平成二年一一月五日午後五時四五分ころ、被告会社の所有・保有する加害車を運転し、千葉県銚子市長山町一八三九番地付近の県道(清滝銚子線)上を同市猿田町方面から同市森戸町方面へ向かつて時速約四〇キロメートルで進行していたところ、同番地先の幅員五・三メートルで狭あいな左方にカーブする上り坂道路において、左路肩(訴状には右路肩との記載があるが、明らかな誤記であると認める。)を自転車を押して同方向へ歩行していた喜三郎を約二四・五メートル先に発見し、かつ、対向車線前方約五〇メートルの地点に大型貨物自動車を認めたのであるから、対向車両とのすれ違いが困難であることを考慮し、直ちに停止して対向車両の通過を待ち、喜三郎と十分な間隔をとつて同人の安全を確認しつつその右側方を通過すべき業務上の注意義務があるのに、停止することなく右対向車両とのすれ違いに気を取られ、同人との間隔をとらないで同人の右側方をそのままの速度で進行した過失により、加害車の前部を右自転車に衝突させ、その衝撃により同人を自転車もろとも路上に転倒させ、同人に頸髄損傷・下半身(両肩より下)麻痺の傷害(以下「本件傷害」という。)を負わせた。

3  被告らの責任原因

被告栄治には前記の過失があり民法七〇九条、被告会社は自倍法三条及び民法七一五条により、原告らに対し損害賠償の責任を負う。

4  損害の発生

喜三郎は、本件傷害により、事故日である平成二年一一月五日から平成三年九月一八日まで入院加療を継続したが、同日午前一〇時一〇分ころ、頸椎以下の麻痺による心臓衰弱による急性心不全のため死亡した。(甲七、八、一〇)

5  損害の填補

原告らは、平成五年八月一九日、自倍責保険から本人・遺族慰謝料、逸失利益、葬儀費用として合計一六一一万円の支払いを受けた。なお、右葬儀費用の一部(五〇万円)は、葬儀費用を負担した原告秀正の損害賠償請求権の弁済に充当された。これらの金員は、それぞれの元本に指定充当されている。(弁論の全趣旨)

二  争点

本件の争点は損害の額であり、これに関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

1  原告ら

(一) 休業損害 三三〇万七五〇〇円

喜三郎は、鮮魚の行商を行い、月収三五万円を下らない収入(経費率は一割である。)を得ていたが、本件傷害により、受傷の日である平成二年一一月五日から死亡した平成三年九月一八日までの約一〇・五か月間就労できなかつたため、合計三三〇万七五〇〇円の損害を被つた。

(二) 死亡による逸失利益 八四八万七三〇〇円

平成二年簡易生命表によると、七五歳男子の平均余命年数は、九・四四年であるから、喜三郎の労働可能年数は四年であり、生活費控除率を四割とし、新ホフマン係数により中間利息を控除すると、次の計算式のとおりとなる。

三五万円×〇・九×一二か月×(一-〇・四)×三・五六四=八四八万七三〇〇円

(三) 傷害慰謝料 二八八万円

(四) 死亡慰謝料 二四〇〇万円

喜三郎は一家の支柱的存在であるから、死亡慰謝料として右金額が相当である。また、被告栄治の過失が重大であることも、慰謝料算定において考慮されるべきである。

(五) 葬儀費用 一二〇万円

原告秀正が全部負担した。

(六) 弁護士報酬 二三〇万円

2  被告ら

(一) 仮に、喜三郎が鮮魚の行商を行つていたとしても、同人は、事故時七五歳と高齢であり、自宅から銚子まで二〇キロメートルの遠距離を自転車で行商していたのであり、一か月の稼働日数はそれほど多くなかつたはずである。

(二) 一般的に、鮮魚の仕入原価は販売価格の三、四割であると考えられ、原告らが逸失利益の算定基礎と主張する数字は、極めて信頼性に欠ける。

(三) 喜三郎には七名の子がいたが、死亡した者を除いて全て成人し、婚姻するなどして独立の生計を営んでいたのであるから、喜三郎は隠居的な生活を送り、仮に行商の事実があつたとしても、自らの生活費の捻出のために細々と行つていたものと考えられる。このことは、喜三郎が被害者の供述調書(甲11)において、本件事故の日に銚子に行つたのは海を見るためであり、荷台に積んでいた二キログラムのさんまも土産に買つたと供述し、行商を行つていたとは供述していないことからも窺われる。

(四) 喜三郎が一家の支柱であつたとはいえないし、本件事故態様からして被告栄治に特に重大な過失があつたとは考えられない。また、被告栄治の事故後の対応にも特に不誠実な点はない。

第三争点に対する判断

一  喜三郎に生じた損害の額

1  休業損害 なし

原告らは、本件事故当時、喜三郎が鮮魚の行商を営み月収三五万円を下らない収入を得ていたと主張し、これを立証するため甲一五の1ないし49、一九ないし二六を提出し、原告多田秀正本人の供述はこれに沿う。しかしながら、これらのうち、甲一五の1ないし49は、いずれも同一内容が印刷された上申書であつて、その作成名義人は、居住しはじめた時期、喜三郎から魚を購入する回数、一回の購入金額、住所、氏名のみを書き込むに過ぎないものであり、その記載内容がいかなる時点のものであるのか特定されていない上に、これに記載されている金額の合計が原告らの主張する月収額をはるかに超える等不自然である。また、甲二〇ないし二四は、単に数字を羅列したに過ぎないものであつて、その記載の目的、内容、時期ともに明らかではない。

他方、証拠(甲一ないし六、九の1、2、一一ないし一三、一四の1ないし3、一六、一七の1ないし6、一八の1ないし3、二五、乙一ないし八、九の1ないし6、原告多田秀正本人、被告多田栄治本人)によれば、次の事実が認められる。

(一) 喜三郎は、本件事故の際、自転車の後部荷台上に釣り道具の入つた木箱及びさんま一種類が一五匹くらい入つた発泡スチロールの箱(右二つの箱の大きさは、いずれも縦四〇センチメートル、横六〇センチメートル程度)を積んでいた。被告栄治は、右箱の角に加害車の前部左側を衝突させ、喜三郎が押していた自転車とともに同人を道路左側へ転倒させたため、その直後に転倒していた喜三郎のところへ行き、同人に声をかけたところ、喜三郎は、起き上がることはできなかつたものの、普通に話すことはできた。そして、被告栄治が事故現場に散乱したさんまを拾つていると、喜三郎は、同被告に対し、その魚はもらつたものだから捨ててもかまわない旨述べた。

(二) 喜三郎は、平成三年四月二日、入院していた千葉県旭市所在の佐々木病院において、本件事故の被害者として取調べを受け、その供述調書が作成された際、職業につき無職であり、事故前の状況として、「その日は、朝から晴れの良い天気なので銚子の方へ行つて海でも見てくるかと思い、午前九時ころ一人で自転車に乗り家を出ました。」、「午後二時半ころ、家へ帰ろうと思い、みやげに魚市場でさんまを約二キロ程買つて、それを自転車の後ろの荷台に積み、自転車に乗つて家へ向かつたのです。」、と供述した。その際、原告秀正が立会い、警察官が喜三郎に対し供述の録取内容を読み聞かせたところ、同人が誤りのない旨を申し立てたが、同人が本件傷害のために署名できなかつたため、原告秀正が供述調書の末尾に代筆し指印した。

(三) 本件事故後、原告秀正が、喜三郎において鮮魚を仕入れていたと思われる「かねまた水産」に問い合わせたところ、喜三郎は、右水産から鮮魚を購入したことがあるものの、商売をする程は買つたことはなかつたことが判明した。

(四) 喜三郎の妻・ナツは昭和六一年七月二六日に死亡し、同人には七名の子がいたが、本件事故当時、死亡した者を除いて全て成人し、別居中の原告孝一を除いて婚姻していた。原告秀正の家族は、本件事故当時、喜三郎と同居していたが、このうち、同原告が造園業手伝いに従事して月収一五ないし二〇万円程度、同原告の妻・多田きよ子が青野織物会社に勤めて月収五、六万円程度、同原告の子・多田力が鉄工所アルバイトで月収一〇万円弱をそれぞれ得ていた。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

このように、原告ら提出の前掲各書証は、その体裁自体等から直ちに採用し難いものがあること、喜三郎の警察官に対する右供述調書の記載内容には特に不自然な点はなく、右調書の内容及び喜三郎の被告栄治に対する本件事故直後の言動からみて、本件事故当時、同人が鮮魚の行商に従事していたとは考えられないこと、本件事故当時、喜三郎の子であつた原告らが既に経済的に自立しており、七五歳と高齢であつた喜三郎が遠くまで鮮魚を仕入れに出かけ、行商に従事する必要が特に存在したとは認め難いこと、喜三郎は確定申告をしていなかつたことからすると、喜三郎が自己の消費用として購入し、又は小遣いかせぎで近所に鮮魚を売却したことがあるとしても、前掲各証拠からは、同人が原告ら主張のように本件事故当時に鮮魚の行商に従事していたものと認めるのは困難である。なお、甲一九は喜三郎死亡後海上町松ケ谷区長が喜三郎が鮮魚の行商をしていた旨証明したものであるが、その時期を明示していないことに鑑み、本件事故当時に喜三郎が鮮魚の行商に従事していたことを直ちに推認させるものとは言い難い。そして、他に喜三郎が本件事故当時鮮魚の行商に従事していたことを認めるに足りる証拠はない。

なお、喜三郎について、賃金センサスを用いて休業損害を認める余地があるかどうかを検討すると、喜三郎が当時七五歳という高齢であつて、一般に労働可能年齢といわれている六七歳を八歳も上回つていることから、同人の就労の意欲・可能性を認めるに足りる証拠が必要であるところ、本件にあつては、これを認めるに足りる証拠はないから、賃金センサスによる休業損害の算定も困難である。

2  死亡による逸失利益 なし

右に述べたところと同様の理由により、喜三郎の死亡による逸失利益を認めることはできない。

なお、弁論の全趣旨によれば、自賠責保険では、本人分の逸失利益も認められているが、自賠責保険損害査定要綱は大量の事件処理をする必要があるため、逸失利益について、所得額の立証ができない者についても、年齢別の平均給与額とすることを原則としていることから、右判断の妨げとはならない。

3  慰謝料 二〇〇〇万円

喜三郎は、本件事故により、本件傷害を受け、死亡したことにより精神的苦痛を被つたことが認められるところ、本件傷害の部位・程度、入院期間、本件事故の態様、喜三郎の年齢、前記のとおり喜三郎について就労の意欲・可能性を認めるに足りる明確な証拠はないものの、喜三郎が鮮魚を近所に売却するなどしていくらかの収入を得る可能性は否定できないこと等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件傷害及び死亡により喜三郎が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、二〇〇〇万円と認めるのが相当である。なお、前記争いのない事実及び認定事実によれば、喜三郎が一家の支柱的存在であつた旨の原告らの主張を認めることはできないし、他に、特に慰謝料算定に当たつて斟酌すべき被告栄治の重大な過失及び事故後の不誠実な態度等の事情を認めるに足りる証拠もない。

二  葬儀費用 一〇〇万円

原告多田秀正本人尋問の結果によれば、原告秀正は、葬儀費用を支出し、一〇〇万円を下らない費用を要したことが認められるが、他に右金額を超えて葬儀費用を支出したことを認めるに足りる証拠はない。右事実及び本件に顕れた一切の事情によれば、本件事故と相当因果関係がある葬儀費用は一〇〇万円をもつて相当と認める。

三  弁護士費用 合計六五万円

原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬の支払いを約束したことが認められるところ(弁論の全趣旨)、本件訴訟の難易度、後記四記載の損害の填補後の認容額、審理の経過、その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、原告秀正につき一五万円、原告向後いき、同多田孝一、同花澤とも及び同高橋はるにつき各一〇万円、原告多田美加、同多田正勝につき各五万円と認めるのが相当である。

四  損害の填補

前記「一」において認定、判断した喜三郎に生じた損害の合計は、二〇〇〇万円となるところ、原告らは、これを原告向後いき、同多田孝一、同秀正、同花澤とも及び同高橋はる各六分の一あて、原告多田美加、同多田正勝各一二分の一あて相続するから、損害填補前における、葬儀費用及び弁護士費用を含めた原告秀正の総損害額は四四八万三三三三円、原告向後いき、同多田孝一、同花澤とも及び同高橋はるの損害額は各三四三万三三三三円、原告多田美加、同多田正勝の損害額は各一七一万六六六六円となる。そして、前記争いのない事実のとおり、平成五年八月一九日、原告らが自賠責保険から合計一六一一万円の支払いを受け、そのうち原告秀正が葬儀費用分五〇万円を自己の損害賠償請求権に弁済充当したから、損害填補後における、原告秀正の総損害残額は一三八万一六六七円、原告向後いき、同多田孝一、同花澤とも及び同高橋はるの損害残額は各八三万一六六七円、原告多田美加、同多田正勝の損害残額は各四一万五八三三円となる。

五  結論

そうすると、原告らの被告らに対する本訴請求は、原告秀正について一三八万一六六七円、原告向後いき、同多田孝一、同花澤とも及び同高橋はるについて各八三万一六六七円、原告多田美加、同多田正勝について各四一万五八三三円及び右各金員に対する平成五年八月二〇日から各完済まで年五分の割合による遅延損害金、並びに原告秀正につき四四八万三三三三円、原告向後いき、同多田孝一、同花澤とも及び同高橋はるにつき各三四三万三三三三円、原告多田美加、同多田正勝につき各一七一万六六六六円に対する本件事故の日である平成二年一一月五日から平成五年八月一九日まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金(具体的には、原告秀正につき六二万五二〇九円、原告向後いき、同多田孝一、同花澤とも、同高橋はるにつき各四七万八七八五円、原告多田美加、同多田正勝につき各二三万九三九二円)の支払を求める限度で理由があるから、これを正当として認容し、その余は理由がないので失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 大工強 湯川浩昭)

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